日本東洋医学雑誌第54巻第3号別冊 2003年掲載

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日本東洋医学雑誌第54巻第3号別冊 2003年掲載

臨床報告 老人性難聴に付随する耳鳴りへの中医学的鍼治療の試み

考察

主に高齢者に見られ、加齢を原因に進行する感音難聴に伴って発症する、いわゆる老人性耳鳴りは、永浜の提唱による聴力像に基づいた耳鳴りの分類法に従うと、一般臨床では感音性耳鳴りの一種として取り扱われることが多い。また、感音難聴の障害部位を細別する語音検査や補充現象に関連する他の諸検査(バランステストやSISIテスト)などを合わせ用いることによって、さらにその病態を迷路性と後迷路性のものに鑑別することができるが、耳鳴りそのものに対する具体的な治療内容は大同小異といえる。
事実、日常診療においては老人性耳鳴りに対して迷路性かまたは後迷路性かを厳密に区別した上で治療に臨むことはむしろ少ないと思われる。
これまでの諸研究報告の中でも、この両者の臨床治療実態を詳しく比較検討したものは皆無に等しい。

一方、中医学的観点から見た老人性耳鳴りは、迷路性と後迷路性という用語こそないが、それぞれの病態発生部位に相当する耳竅性および脳竅性という言葉で分類することが可能と思われる。しかし現代医学との最大の相違点は、多くの場合そのいずれの病因病機とも腎の機能不全、すなわち腎精気の衰弱に求められることにある。
中医臓象学説では、腎には「先天の精気」、すなわち人体の各種の臓腑や五官の機能活動を生み出すための本源物質である腎精気が貯蔵されているが、生後、時間の経過すなわち加齢とともに腎精気が次第に消耗、減損していくと、必然的に人体の組織機能もあらゆる面で老衰の一途を辿っていくとされている。
その中でも、特に腎の持つ「通耳」と「合骨」の作用に大きく依存している耳機能の変調はより顕著化しやすいものであろう(表2)。

表2 中区臓象学説による腎の生理学と病理学の概念
生理学的機能 病理学的表現
(腎の精気不足)
蔵精 「作強の官、技巧これよりいづ」と呼ばれるように、人体の生命活動の基本物質である精気を封蔵し、生長・発育・生殖を主る。 生殖機能の低下、生長・発育の停滞およびさまざまな老化現象(ex::精力衰退、足腰の冷えや無力感など)が呈される。
主水 腎は水の蔵、泄液を主る」。つまり、腎の気化作用により、体内水液の輸布、調節を行う。 全身の水液代謝が障害され、浮腫、小便不利、夜間尿、下痢などの症状が現れる。
納気 「肺は呼気を主リ、腎は納気を生る」と言われるように、 呼吸機能の正常維持には、肺で吸入された気は、下降し腎に納められる必要がある。 腎の納気機能不全が生じ、気は臍下丹田まで納められず、浮上し、喘息、息切れ、動悸、呼吸困難などの症状を引き起こす。
合骨 「腎の合は骨なり、其の榮は髪なり」。つまり、腎精は髄を生じ、髄は骨を合する。また骨は髄を蔵し、脳を養う。 髄、骨、脳とも正常に機能せず、歯牙や毛髪の脱落、骨組髭、ならびに健忘、眩暈、難聴などのさまざまな脳症状が出現する。
生唾 「五蔵の液と化すや、腎の液は唾たり」。唾液は腎気より化生され、またそれによって腎精が滋養される。 水液の正常な気化排泄が行われず、唾液分泌低下により口渇が生じたり、または反対に水邪上逆により唾液が氾濫する。
通耳 二陰 「腎気は耳に通ず、腎和すれば耳は五音を知るなり」。また水液代謝の排泄口を二陰(前陰=小便口、後陰=大便口)に持つ。つまり、腎は耳と二陰に開藪す る。 聴力の減退や耳鳴り、または尿液や大便の排泄障害が 見られる。

「通耳」とは、古く霊樞脈度篇に「腎は耳に通じ、腎和すれば耳は能く五音を知るなり」とあるように、生理的に腎は特殊な経絡を介して耳と相通じている。 通常、この経絡を通じて上達した腎精気による耳竅への滋養作用が耳機能の正常な発現には不可欠な条件とされる。したがって、老化による腎精気の虚損、または腎から耳竅に通じる経絡の阻滞がしばしば耳機能の破綻に繋がり、耳鳴りなどの耳症状を惹起しやすいという特徴がある。 また、逆に耳機能障害の出現は単に耳局所の病変を表すばかりでなく、腎機能の変調や腎精気の衰退を反映する一つの重要な指標に成り得ると考えられる。

そして耳機能と深く関与するもう一つの腎の働きである「合骨」とは、腎精気は髄を生じ、髄は骨を合する、また骨は髄を蔵し、脳を養う、という意味が包含されている。 これに関して、素問五臓生成篇では「諸髄は皆脳に属す」、霊樞海論篇では「脳は髄の海と為す」と述べられているように、脳の機能活動め素地を作るにあたっては、腎精気やその化生産物である諸髄が重要であることが伺われる。 それ故、健康時は腎精が充溢し諸髄が綿々と化生されるため、脳竅(脳組織全般を指す)がよく充養され脳も健全に機能する。 しかし、例えば加齢に伴い徐々に腎精気の虚損が進んでいくと、それに従い脳髄も次第に空虚化し、最終的に脳竅の失養、すなわち脳機能の部分的または全体的な衰退や廃絶を招致する結果となり、その過程の中で病状の軽重緩急には個体差があるにせよ聴覚機能の失調を生じる可能性は十分にあり得る。

以上のように、聴覚病変の部位的特徴に基づいた老人性耳鳴りの病型分類に関しては、中医学と現代医学はともに非常に近似した基本概念を持っていると言えるが、耳鳴り発生自体の病因病機に対する解釈はむしろ決定的な相違を示すという一面も覗われる。 特に中医学においては耳鳴りの耳竅性または脳竅性の問題とは別に、加齢変化に伴う聴覚の機能失調を常に老化による腎虚の副産物として捉えることから、耳鳴りの症状と腎の病変は互いに疾病の現象面である「標」と疾病の本質を表す「本」との相対関係にあると見なしている。そのため、老人性耳鳴りの治療にあたっては「標」である耳症状のみならず、耳症状をきたす根本原因となる「本」である腎精気虚損の補益を抜きには語れない。 このいわゆる「理気・活絡・通竅」および「補腎・益精・養耳・健脳」による「標本兼治法」は、まさに老人性耳鳴りにおける中医学的治療の大綱である。

今回報告した四症例の老人性耳鳴りの中医学的診断についても病型の分類上、それぞれの聴覚機能に関する臨床検査結果から、迷路性障害と鑑別された症例1と症例2はおそらく耳竅性のタイプに、迷路性以外に後迷路性障害の様相も呈した症例3は耳竅・脳竅性の混合タイプに、そして主に後迷路一性障害を現した症例4は脳竅性のタイプに属するものであろうと考えられる。
しかしながら中医学的身体所見では、過去に腎疾病や耳疾病の罹患歴を持たないにも拘わらず全症例とも腎精虚損証と弁証されていることから、耳鳴りを生じさせた病態の本質は恐らく腎の加齢変化に伴う腎精気の虚損に起因するものと推測される。
したがって、治療方針としては四症例すべてに対して上記の治療大綱のもとに以下の理由にて、表3に羅列した各治療穴を選用し、鍼治療を進めた。

表3 諸治療穴の穴性について
治療穴 所属経脈 位置 主な作用
外関穴 手少陽三焦経 手根横紋の上2寸、2骨間 疏風、清熱、利脇、活絡
翳風穴 手少陽三焦経 耳垂後方、下顎骨と乳様突起の間 培元固本、温陽補腎
聴会穴 手少陽胆経 耳珠間切痕と下顎間接の間 疏経活絡、益聡開竅
聴宮穴 手太陽小腸経 耳珠と下顎間接の間 通経活絡、益聡開竅
腎兪穴 足太陽膀胱経 第2腰椎棘突起下、両側1.5寸 滋陰、補陣、益精
命門穴 督脈 第2-3腰椎棘突起の間 培元固本、温腎壮陽
太谿穴 足少陰腎経 内果とアキレス腱の間陥凹部 益腎降火、通調衛任、 健脳益髄壮骨
復溜穴 足少陰腎経 太谿穴の直上2寸、アキレス腱の前縁 滋陰補腎、降火利湿
足三里穴 足陽明胃経 脛骨粗面外下縁直下1寸 健脾去湿、和胃降逆、補中益気
脾兪穴 足太陽膀胱経 第11胸椎棘突起下、両側1.5寸 補益脾腎、調和気血

つまり、「本治」に用いた太谿穴と復溜穴はともに足少陰腎経に属し、腎の蔵病、経病、気化病および腎と関係する臓腑器官の疾病を主治するものである。特に腎経の原穴である太谿穴は優れた補腎気、腎陽の作用を持ち、対して復溜穴はより高い滋陰効果を示している。したがって、この両穴の併用は腎の陰陽バランスの改善を始め、腎機能の失調により派生した他臓器の病理証侯(ここでは耳鳴りを指す)の治療にも大いに役立つものと考えられる。
次いで、足太陽膀胱経に属している腎兪穴も、腎の「背兪穴」として腎の諸疾病を主治する重要穴の一つである。臨床上、いわゆる「兪原配穴法」に基づいた太谿穴との併用は、腎に関係する諸病証の治療にあたって大きな相乗効果が現れる。

また「命の扉」ともいう督脈経の命門穴は優れた壮陽強腎作用を有するため、合わせて取穴した。
さらに、中医学的に気血生化の源となし腎機能と密接な相互依存関係を持つ、いわゆる後天の「本」である脾胃機能の調節にも心掛けた。つまり、脾胃病に対して一般臨床上最も常用され、主に「健脾養胃・益気利湿」の作用を現す足三里穴と脾兪穴の両穴にも同時に刺針を施した。一方、標治に用いられた耳周囲の翳風穴、聴会穴、聴宮穴および前腕部の外開穴については、以前われわれも報告したように、特に耳に絡む経気、経血の疎通や湿濁痰火などによって蒙蔽された耳竅の清利に即効性を示す。
耳鳴りに対する対症療法の中では非常に実用的な治療穴とも言えよう。

治療結果に関しては、全症例とも毎回の鍼治療に対して、大小の差こそあれ即時的反応を示した。それは「標治」の通耳効果により、それまで壅塞・鬱滞していた耳竅の気機が一時的に疎通し、腎精気が上昇して耳竅内に通達したためであると考えられる。
しかし、根本的に耳竅や脳竅の機能が依拠している最も重要な動力源である腎精気が慢性的に不足しているため、耳鳴りの改善効果は決して長くは持続せず、ほとんどの場合鍼施術後から次回の治療までの一週間以内に耳鳴りの再発が見られた。

ところが、腎機能の調整や腎精気の補益を主体とする「本治」の治療を堅持すると、それによって耳竅や脳竅への滋養作用が少しずつ促され、最終的に耳鳴り全体をより低いレベルに落ち着かせることができた。事実、症例1、症例2および症例3とも10回の鍼治療の終了時点で、ほぼ満足のゆく耳鳴り抑制効果が得られた。
さらにその臨床効果の有意性を裏付けるように、症例2、症例3とも途中鍼治療を余儀なく中断したところ、その結果耳鳴りの再燃・増悪を来したが、治療の再開により再び症状が改善したというエピソードがあった。

しかし、一方で症例4については、思ったほどの治療効果が得られていないのもまた明らかな事実である。同じ老化腎虚という基礎病態を有しながら耳竅性耳鳴りとなるか、あるいは脳竅性耳鳴りとなるか、その発病の趨向性や規律性については現時点では殆ど解明されていないが、端的に言えば脳竅性の問題は常に耳竅性のものより高次元の中枢レベルに存在し、しかもその病態変化のメカニズムは二次的に腎精気の「合骨・造髄」機能とも複雑に絡み合っているので、理論的には鍼の治療効果がより発現しにくく難治性のものといえるであろう。
幸いにも症例4の場合は実際の治療に全く無反応というわけでは決してないので、今後も根気よく更なる鍼治療の励行とともに、優れた益気生髄の効果をもつ人参、黄耆,拘杞子、熟地黄などの漢方生薬との併用も、治療視野の中に入れておきたいと考慮する。勿論、その他の3症例に関しても、より一層症状の緩解や安定化を図る目的にて、今後も治療の続行と長期の経過観察が必要と思われる。

耳鳴りに対する鍼治療の有効性については以前われわれが諸家の報告を調査し、中医学的弁証論治の勘案やその理念をより正確に応用し得るほど良い治療効果に結び付くと述べた。
しかしこれらの研究報告の中で、実際に聴覚機能の病態生理や治療に伴う耳鳴りの変動、消長に関して、科学的かつ客観的評価が行われた例は必ずしも多く見られなかった。そこで今回、現代医学の臨床検査方法や診断技術の運用を通じて、老人性耳鳴りに対する具体的な中医学理論の臨床実践を試みることで、中医学的鍼治療の質の向上を図った。
同時に、これまでほとんど論及されていない新しい観点として、現代医学の聴覚障害における迷路性や後迷路性の診断概念を中医学の耳竅性や脳竅性の病態観の中に導入し、両者を照合・比較することによって耳鳴りに対する中西医結合医療の臨床的意義やその可能性を提示した。

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